2006年01月13日

ファミリー

年賀状には毎年「いつか会いたいね。」と書いていた、学生時代の親友恵子。
結婚して大阪へ行ってしまってから、お互い出産や子育てに追われ、時々電話で話すくらいでなかなかゆっくり会うこともなかった。
お互いの子どもが幼稚園へ上がった頃、「子どもを預けて二人でどこかへ行こう。」ということになって、大阪と山口の中間の岡山で会おうと約束した。

恵子と私は、専門学校で知り合った。恵子は私より一つ年上で、それまではバスガイドをしていた。一年で方向転換した彼女は、アルバイトをしながら自力で学校に通っていた。親掛かりで、夢ばかりが先行する私に比べ、彼女は地道に努力する大切さを知っていた。
実技の授業で、新しいことを教わると大抵私の方が呑み込みが良いのに、試験の頃にはいつの間にか恵子の方が上手くなっていた。「私は、佐恵子みたいに器用じゃないから。」そう言いながら休み時間もよく一人で練習していた。クラスの中では、目立たないおとなしい方だったけど、さりげない優しさや、気配りができる彼女は、同性から頼りにされる存在だった。
私は、恵子のことを姉のように慕っていたから、恵子が結婚して大阪へ行ってしまうときは、涙が出てしかたなかった。
彼女の結婚式以来の再会で、7年の月日が過ぎていた。

「佐恵子、久しぶり。ママになっても変わってないね。」
「恵子も、まだ独身でいけるよ。」
岡山駅のホームでの嬉しい再会に私達は、肩をたたきあった。
恵子の柔らかい笑顔は学生の頃のままで、私は妹の気分に引き戻され、昔のように一方的に近況をしゃべりまくっていた。
「子どもが幼稚園に通うようになって、少し手が離れたら近くに住んでいる友だちが「たまには遊びに行こうよ。」って誘うんだけど、主人は私一人で夜出かけたりすることを絶対に許してくれないのよ。たまには私だってストレス解消したいのに。
独身のときは、親に指図されて、結婚したら主人に束縛されて、、、。
まだ本格的に仕事に復帰するわけにはいかないし、なんだか子育てと家事ばかりしていると、社会から隔離されているみたいで、視野が狭くなって、卑屈になってしまうの。恵子はそんなことない。」
岡山の美観地区へ向かいながら、それまでのうっぷんを晴らすかのようにしゃべりつづける私を恵子は優しく受け止めてくれた。
「母になってもなかなか大人になりきれていないな。愛する家族がいることを感謝して、平凡な日々に幸せを感じなさい。私なんか、3年間子どもに恵まれなくて周りから色々言われて随分つらかったんだから。主人や子どもという愛情をかける対象がいて、今はすごく気持ちが安定してる。」
父親を幼い頃に亡くし、母親と二人の生活が長かった恵子にとっては今が一番幸せなのかもしれない。
派手なつくりではないけれど、色白で、切れ長の目元と、ぷっくりとした小さめな唇の古風な顔立ちの彼女の横顔は、以前よりもずっとゆとりのある色気が漂っていて、思わず見とれてしまうのだった。
posted by 佐恵子 at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) | ファミリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>平凡な日々に幸せを感じなさい。
これってすごく、大事なことを言っています。
幸せは遠いところではなく、身近に転がっていた。
病気になって初めて健康の喜びがわかるとかと同じですね。
今度、ネタとして使わせてもらおうっと。
恵子さんっていいお友達ですね。
ほんわかした人なんだろうなあ。
Posted by awakak at 2006年01月14日 17:11
平凡を求めていた恵子なのに、平凡ではない人生を送ることになるのです。

「佐恵子といると、いつも何か変わったことが起きて、飽きないな。」とよく言われました。
Posted by 佐恵子 at 2006年01月14日 22:51
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