2006年02月12日

ファミリー   6

「佐恵子、、、。」恵子は、涙声で電話してきた。
「どうしたの。なにかあったの。」
「母が、倒れて、くも膜下出血で、昨日手術したけど、だめだった。亡くなったの、、、。」   
それだけ、やっと言うと声を殺してすすり泣いた。
「恵子、今山口の病院なの。すぐに行くから、しっかりして、お母さんのそばについていてあげるのよ。」
私も、それだけ言うのが精一杯だった。
我が家から病院まで一時間、車を飛ばして駆けつけてみると、恵子は夜の誰もいない外来の待合室で、一人ぼんやりと立ち尽くしていた。
「恵子、大変だったね。」と私が駆け寄ると、「佐恵子、、、、私一人になってしまった。一人ぼっちになっちゃった。」
と言いながら、私にすがりついてわあわあと号泣した。
「恵子には恵子の家族があるじゃない。一人じゃないよ。あっご主人は。連絡してるんでしょ。」
「それが、昨日からいつもの泊まりで、連絡がつかなかったの。さっき、やっと家へ帰って来たみたいで、今新幹線の中だと思う。あの人は、わからないの、あの人の本当の家はよそなのよ。」

お通夜から、葬儀まで、私は親族のじゃまにならないように気を配りながら、なるべく恵子のそばにいるようにした。
恵子の主人は、てきぱきと動きまわって、私には頼もしく見えた。けれど、悲しみに打ちひしがれる恵子への気遣いはあまり感じられず
「佐恵子さん、恵子の身内は少ないから、できればそばにいてやって下さい。」と言い、恵子への言葉は少なかった。

葬儀の後、恵子は子ども3人と2週間ぐらい実家へとどまった。
「母の遺骨の前だと、なぜかとても心が落ち着いて、夜もよく眠れるのよ。」と言っていた。
しかし、大阪へ帰ってからは体調を崩し、不眠、不安、倦怠感、吐き気などの症状がつぎつぎと表れ、家事もままならないようだった。
「心療内科とかを受診してみなさいよ。そして、一人でがまんしないでご主人へ打ち明けなさい。」とつい強い口調で私が言うと、
「もう、夫婦のことだから、指図しないで。」と、電話を切られてしまった。

それから2ヵ月後、「佐恵子さん、恵子は入院しました。」と、恵子の主人から、電話で告げられた。

posted by 佐恵子 at 12:48| Comment(2) | TrackBack(0) | ファミリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あっらら、恵子さん、大変ですね。
いろいろ苦労が心を蝕んだのかもしれませんね。
元気になってくれたらいいのですが。

解決方法はやっぱり「旅」だと思います。
Posted by awakak at 2006年02月13日 20:36
「旅」最近していません。仕事がらみばかりで。
「心の旅」でもいいですかね。それなら、時々出かけているかもしれません。
くじけた心を癒してくれるのは、最期は物言わぬ雄大な自然なのかもしれませんね。そんな旅、いつかしてみたいものです。

今年は2月に入って寒さが厳しく、梅も椿も咲いていません。自然が知らせてくれる春、待ち遠しいな。
Posted by 佐恵子 at 2006年02月13日 22:19
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