2006年04月01日

ファミリー  9

「この手紙をはじめに読んだ時は、処分してしまおうと思ったんです。私には今の家族が大切だし、小川加奈子という女性のことは私の中ではもう過去の思い出になっていたので。しかし、2回3回と繰り返し読んでいくうちに、彼女に会わなければ、いや会いたいという気持ちに変わってきてしまったのです。」

「恵子は、母親と二人の暮らしが長かったから、今の生活を本当に大事にしていたでしょう。」と私が言うと
「恵子の気持ちは痛いほど感じていたのですが、私の今が幸せであるからこそ小川加奈子が不憫に思えて、、、。

15年前の私は、彼女に随分助けられていました。高校3年の2学期に、体育の授業中に肩を脱臼してしまい手術しなければならなくなった時、「休み中のノートはまかして、早く元気になって。」と励ましてくれたのは彼女でした。私は1ヶ月の入院と聞いて、大学受験をなかば諦めかけていました。けれど彼女の笑顔を見たらファイトが湧いてきて、受験勉強を続けることができたのです。
大学生になってから、風邪をひいて熱を出した私を看病しにきてくれ、そのころから半同棲のような生活が始まりました。いつの間にか彼女に身の回りのことをしてもらう事が当然のようになり、自分はスポーツやサークルで忙しく、でも楽しい学生生活を送っていたのです。彼女の想いをどれだけ受け止めていたのか、ただその優しさを利用していただけだったのかもしれません。
彼女が突然いなくなったとき、自分勝手な私に愛想をつかしたのではないのかと思っていました。」と話してくれた。

「それで、小川加奈子さんに会われたんですね。」
「一度だけ会って、15年前の詫びをしたかったし、見舞ってやりたかったのです。
北九州の病院を探して、出かけました。
私を見て彼女は「まさか来てくれるとは思わなかった。」と言って驚いていました。
昔のぽちゃっとした丸顔の面影は消え、げっそりとやつれた彼女の顔を見ると、なぜか涙がこみあげてきて、見舞いに行った私の方が
「大丈夫だから。私もうたくさん泣いて開き直っているんだから。一日々を大切に、感謝して過ごすことにしたのよ。生きていれば、今日みたいに思いがけず嬉しい日もあるから。」と励まされてしまいました。

彼女は大学を辞めて、借金を抱えた父親と夜逃げ同然で北九州へ行き、父親と二人で懸命に働いたということでした。3年後に職場の後輩と恋愛結婚したのだけれど、1年半で離婚してしまったんだと話してくれました。子どももできなかったし、それからは、ずっと一人でやってきたということでした。
病院へは父親が時々来てくれているけれど、心配ばかりかけるからせめて笑顔で迎えるように、この頃は甘えないようにがんばっているとも言っていました。
「乳がんのときは、大騒ぎして泣いたりわめいたりしたけれど、今度は悲劇の主人公みたいになるのだけは避けたかった。それでもこれで私の生涯も終わりかと思ったら、隆也さんとの思い出だけが輝いた季節だったように思えて、あんな手紙を書いてしまったの。書くだけで辞めておこうと思ったのに、読んでもらうだけならいいんじゃないかと思えてきて。ごめんね。」と言って弱々しく微笑んだのです。

帰り際に彼女が差し出した手を握りしめた時、二人で過ごした時間が思い出され、思わずその痩せたからだを抱きしめてしまいました。その時はじめて彼女は、今までこらえていたものを吐き出すように、声を殺して泣きまた。隣のベッドとは、カーテン一枚で仕切られているだけでしたから。
「よくがんばったね。」と言って私は彼女の背中をさすってやりました。
なつかしい彼女の香りがして、病院を出てから少しずつ思い出してしまったのです、15年前の加奈子を。」
posted by 佐恵子 at 21:32| Comment(2) | TrackBack(0) | ファミリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
信頼がない夫婦って悲しいなと思います。
その信頼というのは、お互いのしあわせを
考えてくれている人かどうかということだと
思います。
それと、お互いにあっさりとした関係になる
こと。深く相手の心の中まで入ろうとしない
こと。夫婦間だって、プライバシーを守る
べきと思います。
できるだけのことは話したほうがいいとは
思うけれど、話す必要がないこともあると
思います。
僕がこの男の立場であれば、奥さんに「ちょっと
昔好きだった人が病気になったので、見舞いに
行って来るよ」と言います。
僕の嫁ならこう答えると思います。
「花とか買っていったら喜ぶよ」と。
深い愛情でなく、軽い信頼なのです。
Posted by 流人 at 2006年04月04日 11:58
流人さんの奥様、素敵な方ですね。
お二人の関係がとてもしっかりしているのでしょう。うらやましいな。
家は、お互いが独占欲が強くて、とてもそうはいきません。もっと大らかに、相手を思いやることができればいいのですが。

恵子は家族がすべて、という人でしたから、こうなってしまったのでしょうか。
物語の先は、書いている私にもよめません。
Posted by 佐恵子 at 2006年04月04日 16:12
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