入り口には、「恋空」という話題の小説が並んでいました。我が家の子供達も携帯で読んだり、映画もみたようですが、あまり興味がわきません。
近くに私の好きな五木寛之さんの本もありました。高校生の頃、友達のお兄さんが「青春の門」を持っていて、それを読んでからずっと五木さんのファンです。「四季 奈津子」のシリーズはとても好きでした。でも最近は本当に読んでいません。何年か前「人生の目的」というのを読んで以来です。
「人間の関係」という本を買いました。
始めに、「鬱からぬけだすための三冊のノート」という題名がありました。
四十代の後半から五十代にさしかかったころの鬱状態のときは「歓びノート」と名づけた日記帖をつくり、一日のどんな小さなことでもいいから、最後に「うれしかった」と締めくくって書いたのだそうです。それを続けているうちに長い鬱状態が少しずつ消えていったということでした。そして六十歳を過ぎた頃の鬱には「悲しみノート」を書いたそうです。一日でもっとも悲しかったことを思い出して書くのです。最後には「かなしかった」としめくくりました。そうすることで、かえって気持ちが解放されて心が動きはじめたということでした。
七十歳をすぎたころからの鬱は以前よりは深刻なものだったということですが、こんどは「あんがとノート」をつけたそうです。一日に一行、なにか「ありがたい」と感じたことをノートに書くのです。特別になにもなかった日には「一日、無事に過ごせて、ありがたい」と書いたのでした。
心がかたくなって動かなくなる時がこれからもしもあったなら、試してみようと思います。
五木寛之さんの文章には、生きるヒントがみつかります。人間が忘れてはならない大切なものを気付かせてくれます。そして、まだまだ、十分に色っぽいのです。
今日は良い本に出合えてうれしかった。別に鬱なわけではありませんけど。




五木寛之の青春の門・・・・懐かしい小説です。夢中で読みました。
映画も行きました、田中健と大竹しのぶ、2,3度見た覚えがあります。
若かったな・・・・と思います。
今日は3連休の最後の日、DVDを見ています。1985年のONE LASTNIGHTINTUMSGOI
子育てに一番忙しい時期でした、その年の年末に父が亡くなりました。
時間が過ぎるのは早いですね、あの頃5歳の娘が27歳。
当然、私も年を取りました。
年を取ると、思いがけずに辛い事に多く出会います、別れもたくさん経験します、親だけでなく、若い人とも悲しい別れをしました、言葉にすると、感情が溢れてしまい心に蓋をしてしまう事が多くなりました。
心に無理を掛けてると、体がおかしいよ、変だよと教えてくれるようになりました。
そんな時に拓郎の歌を聞きます、何時も私の欲しい言葉を聞かせてくれます。
だから、拓郎から離れられない。
「言葉」を聞くと「愛してる」私に言って貰えた見たいに、うれしくなってしまう。
馬鹿だね〜〜〜〜。
五木寛之は随筆もいいですよ。
また、読んでみてくださいね。拓郎さんとは別の意味で、生きる力になります。
お父様、早くに亡くなられたのですね。もうすぐ命日でしょうか。きっといつも見守ってくださっているのでしょうね。
拓郎を教えてくれた初恋の人は、4年前に突然亡くなりました。彼の存在がなかったら今の私はありません。尊敬できる人でした。優しすぎる人でした。
人はいつか皆、一人で行ってしまうのですね。縁あってめぐり合った人は大切にしなければね。
hahaさんのこともです。
「言葉」は私の携帯の着メロにしています。いいですよ。