2005年09月23日

いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあったその10

お誕生日おめでとう。

元気にしていますか。
僕なんかがお祝いしなくても、君はきっと素敵な誰かと楽しく過ごしているんだろうけど、ほかでもない二十歳の誕生日だから「おめでとう」が言いたくて、また女々しくペンを取ってしまいました。
僕はもうすぐ大学を卒業します。弁護士になるという目標に向かってなんとか頑張っています。
高校時代の僕は、今思い出せば赤面するようなことばかり君にしてしまって、君を傷つけてしまい、恥ずかしいかぎりです。いまさらだけど、本当にごめん。
君の明るい笑顔で僕は随分励まされた。そしてその明るさの後ろの淋しがりな影に魅かれていました。受験生の僕は、遼子、君に癒してもらってばかりで、最後は追いつめてしまった。
一年生の遼子の方が僕よりずっと大人だったね。君の優しさ、僕はずっと忘れない。

ありがとう。 君への手紙はこれで終わりにします。

遼子、君の夢に向かっておもいきり羽ばたいてください。
輝いてください、いつまでも。


二十歳の君へ    
                                 赤シャツ





「赤シャツ君も苦しんで、大人になったのね。遼子のこと彼はちゃんとわかっていたんだね。」手紙を読み終えて私が言うと「この手紙で私救われた気がしました。つらい時だったから、心にしみて何度も読み返したんです。それに、赤シャツさんのこと傷つけただけだと思っていたから、「ありがとう」と書いてくれて私にも少しは良いとこあったのかなと思えて、うれしかった。それで、私もありがとうと、ごめんなさいの返事をかいたんです。」
「もう一度自分を見つめなおして、何か私にできる目標を見つけます。楽しいことばかりを追いかけないで、つらくても頑張れることを探します。」




ビン入りのコーラは見かけなくなったけど、コーラを見ると思い出す、赤シャツ君と遼子、インクのにおいのする新聞部の部室。いつもチンチンに冷えたコーラの物語。

                                   おわり

2005年09月21日

いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった    その9

「遼子、出会った時から気になっていたんだけどその手首の絆創膏、もしかして、、、。」
「そうなんです。私、死のうとしたけど、そんな勇気もなくて。自分が惨めになるばかり。
私が死んだら彼悲しんでくれるでしょうか。一人が大丈夫じゃないと分かってくれるかもし
れない。私が純粋に真剣に彼に恋してたと分かってくれるかもしれない。」
「今は私が生きていること、ご飯を食べたり、眠ったりすることさえもいけないような気が
してる。私できることなら消えてしまいたい。」そこまで話して、また遼子は泣き出した。
私は、遼子の背中をさすりながら、「死んだらだめ。遼子がいなくなったら、悲しむ人が
いっぱいいる。第一私が悲しいよ。今日は思い切り泣いていいよ。私だけは、遼子の本当の気持ち分かるから。」と言った。
その日、遼子は家に泊まり、翌朝「先輩ありがとう、私つらいけど死なない。ちゃんと学校へ行ってなんとかやってみる。今は何をしたら良いのかわからないけど。また、話きいてくださいね。」と言って母の作った味噌汁をおいしそうに飲んだ。それから少し笑顔を取り戻し、帰って行った。

その後一月くらいたった小雪のちらつく寒い日、遼子は両手いっぱいの買い物袋をさげて私のアパートにやって来た。「先輩、一緒に鍋パーティしましょ。この前のお礼です。どうせ一人でわびしい夕食でしょ。バイト代入ったから、沢山買ってきました。」いつもの明るい笑顔だった。
私はビール、アルコールのだめな遼子はコーラで乾杯した。「高校生の頃、新聞部の部室で新しい新聞が完成するたびに皆でコーラで乾杯したっけ。あの頃、ひたむきで、楽しかったね。」思い出話をしながら暖かい鍋を囲んで、私達はお腹いっぱい食べた。

「先輩、私の二十歳の誕生日に、赤シャツさんから手紙がきたんです。見てください。先輩には読んでもらいたくて。私、ちゃんと返事出したんですよ。」
水色の封筒にはきれいな字で、遼子の名前が書かれていた。

                                     つづく

2005年09月19日

いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった   その8

霙まじりの冷たい日、就職して1人暮らしを始めていた私は久しぶりに実家へ帰ろうと、電車に乗っていた。途中の駅から乗り込んできた女性に見覚えがあり、目を止めた。遼子のように見えたけど違うようにも思えた。髪をのばしていたせいか、その横顔には覇気がなく、ぼんやりと窓の外を見つめるまなざしは、なにか思いつめているようにも見えた。
電車から降りて、人ごみで見失った彼女を探していたとき、「先輩、ひさしぶり。」と遼子のほうから声をかけてきた。「遼子、何だか疲れてるみたいね。大丈夫。」と言う私の言葉が終わらないうちに、いつものいたずらっぽい瞳からぽろっと涙がこぼれた。「先輩に会いたかった。聞いてもらいたいことがいっぱいあるんです。」と言うので、私の家で話を聞くことにした。私の部屋で熱いミルクティーを飲むと、少し気持ちが落ち着いたのか、涙を拭いてポツリポツリ話を始めた。

「私ギターの彼のこと、今までの誰よりも好きになってしまったみたいで、彼の前に出るといつもの私でいられなくなってしまうんです。私達不思議なくらいに、感性が似ていてあまり何も言わなくてもお互いの気持ちや、感じ方が分かってしまうの。だから二人でいても、いつも言葉が少なくて。   私が想うほど彼は私のこと好きではないことも初めから知っていた。彼の周りにはいつも華やかな女の子がいて、私が独り占めできない人だった。それでも二人になると彼は意外と素朴で古風なところがあって、デートはお寺とか、日本庭園だとか、海の見える公園とか。ロックバンドの人気者だったけど、心は疲れていたのかもしれない。
「遼子といると、自分を取り戻せるよ。」と言ってくれて、私は彼の腕の中でうっとりと夢見心地になれる時間がうれしかった。けれど抱きしめられても々、彼の心は私一人だけに向いてはいなくて、風のようにスーと通り抜けていってしまう頼りなさを感じていたの。
一年半くらい付き合ってきて、ここ二、三ヶ月はデートの回数が少なくなって、この頃は連絡も取れにくくなって、会いたくても会えない日が続いていた。私は返事が来るはずもない手紙を何度も出した。時には手作りのお菓子なんかも送ったりした。まるで「赤シャツ君」状態だなーと思いながら。」
「そうか、遼子もつらい恋をしていたんだね。でもどうしてそんな人好きになるんだろうね。」
「わからないけど、彼の光と影のギャップが私にはとても魅力的だったの。決して優しくもないし、男らしさも感じられないんだけど。彼と会っていると、なんだか雲の上を歩いているみたいな気分になれたんだ。」

「それから、どうしても彼に会いたくて突然アパートを訪ねたの。それまでも何度か行ったことあって、2回だけ泊まったこともあった。彼は「よく来たね。」と言って私を中に入れてくれた。日曜日の朝で、まだ眠そうだった。「私のこともうきらいになったの。」と聞くはずだったのに、彼の顔を見ると何も言えなくなってしまって、コーヒーを入れようとしてたら、おそろいのカップを見つけてしまって。それでも何も聞けなくて、彼が私の手を引き寄せたから、そのまま流されてしまった。でも帰るときに、「俺大切にしている人がいるんだ。ごめんな。遼子は俺がいなくても、大丈夫だろ。男友達もいるし。」と言ったの。私ショックだった。そんなふうに思われていたなんて。」
「それから、どうやって家まで帰ったのか覚えていない。一時間乗っていた電車の中で、涙が止まらなかったこと以外。あの日から一週間、この頃はどうしたらきれいに死ねるかとか、考えていたんです。」


    つづく

2005年09月17日

いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった   その7

傘をさしたまま立ち話していると、雨がだんだん激しく降りはじめたので、私達は高校生の頃よく通っていた「カチューシャ」という喫茶店に入った。
「久しぶり、新聞部。」夜は学習塾をしている元教師のマスターに声をかけられる。カチューシャではコーラではなく、たいていいつもクリームソーダを飲んでいた。優しいマスターは、私達学生にはお弁当持込を許可してくれた。土曜のお昼はここでお弁当かパンを食べ、クリームソーダを飲んだものだった。その日も、昼間でも薄暗い喫茶店に若者がたまっていた。

「遼子、赤シャツ君とはあれからなにかあった?」と聞いてみた。
「それが、しばらくは一週間おきに手紙がきてたんです。内容はほとんど、ぐちっぽいことばかりで、淋しいとか、虚しいとか。大学の生活に失望したとか。それから今日聞いた曲とか書いてあって、それが「傘がない」、「心もよう」、「今日までそして明日から」、NSPの「さよなら」とかって、読んでいてつらくなるようなことばかりなんです。一度も返事は出さなかったけど、今でも忘れた頃に送られてくるんです。この頃は悪いと思いながら、読まないまま捨ててしまってます。読むのがつらくって、自分が責められてるみたいで。」
「そうか、大学生になっても遼子のこと忘れられないんだね、彼。」
「早く忘れてもらいたいんだけど。この前の体育祭も見に来てたみたいなんです。このまま無視し続けるだけでいいんでしょうか。時間がたてば私のこともだんだん薄れてくるんでしょうか。ただ時々手紙が来るだけだから、それも2,3ヶ月に一度くらいになっているから、返事が来ないと分かっていながら時々書きたくなるのかなと思って。」
「そうだね、遼子の心が自分に向かないことが分かれば、そのうち手紙も来なくなるんじゃないかな。恨んだり、責めたりするような人じゃないから、理性のある人だから、もう少し時間がたてば遼子のことも忘れられると思うよ。」
そんな話しをした後、遼子が今付き合っている大学生の彼のこともさんざん聞かされた。なんでもロックバンドのギターらしく、スポーツカーに乗っていて「赤シャツ君」とは対照的な派手な彼でライバルも多くて大変らしい。遼子のことだからそんな彼さえも自分のペースに巻き込んでしまうのだろうけど。この日も隣町の駅前で彼と待ち合わせらしかった。

その日遼子と別れてから、次に彼女に会うまでにさらに2年の月日が流れた。

                                     つづく

2005年09月13日

いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった    その6

自販機からゴトリと出てくる瓶入りのコーラ、学生の頃は毎日部室で飲んでた。
木製の、テーブルのような机と、丸いいす。コンクリートの壁には、誰がかいたのか
MICK JAGGERの顔の落書き。インクのにおいのする新聞部の部室。
14,5人の部員が放課後になるとコーラ片手に、わいわいやっていた。
その中に「赤シャツ君」と、遼子。そして私は部長として「全生徒に読まれる新聞作り」
を目指していた。

それまでの先輩達が作った新聞は、構成もワンパターンで、面白味のないものだった。
まず一面に校長か生徒会長のあいさつ文があり、二面は運動部の公式試合の結果報告記事、三面は卒業生からの受験についてのアドバイスなど、優等生の先輩達らしい硬いけれど、しっかりした文面になっていた。
私が部長になったとき、もっと生徒に読まれる新聞作りをしたいと思った。そのためにはこれまでとは違う、個性あふれる部員を集める必要があった。
「新聞部は記事を書くだけではありません。カメラと手帳を持って取材に走り回るのが主な活動です。時には記事とは関係なく、自分だけが取材したい誰かのもとへ、新聞部という名目で出かけることもできます。」新入生への部員勧誘でそんなことを言ったものだから、ユニークな部員が集まった。その中の1人が遼子だった。

私達が作った新聞の内容を紹介すると、春の号は高校入試の合格発表の現場を取材し、合格の喜びと、これからの学校生活への期待や、希望を新入生にインタビューした。自分の受験番号を見つけて喜びに輝く横顔の写真は一面にふさわしいものとなった。夏は各クラブの合宿を取材し、特に吹奏楽部の頑張りには驚かされ、顧問の先生との信頼関係が確立されていることを強調する記事になった。秋は体育祭、文化祭の影の力となった生徒にスポットをあてた。体育祭の看板やポスターを描いた美術部の部長、プログラムを組んだ体育委員、アナウンスとBGMを担当した放送委員。文化祭では、ロックバンドの演奏の許可を得るために校長に直談判したロックグループのリーダーへインタビューした。そして三学期の冬の号では「今年の10大ニュース」と題して校内で起きた様々な出来事をまとめた。三面の「あなたの大事なクラブをぼくにまかせてください」という卒業生に向けた特集は、各部のヒーロー、アイドルを見つける記事で生徒達に大いに喜ばれた。
その他にも全校生徒からのアンケートで、当時6割の生徒が毎日聞いていると答えた深夜放送についての特集、男女交際についての座談会、赤点を取った生徒の手記などこれまでとは違う観点の記事を載せた。ただ面白いだけの新聞になってしまわないように、将来の自分を考えるアンケートのもとに「君よ何者でありたいか」と言う記事も載せた。「新聞部のお薦め図書」コーナーでは、以外なことに父兄の方からお褒めの言葉を頂いた。私達の新聞は、「早く次の号を読みたい」と回りからせがまれるようになった。
自分の書いた文章が活字となり、印刷され、皆から注目されることはこれまで感じたことのない心地よさだった。締め切りがせまると私は授業中も原稿を書いた。140円の新聞が発行と同時に完売した。

高校を卒業してからは、しばらく遼子に会うこともなく、専門学校での新しい環境になじむことで精一杯だった。二年くらいたった秋雨の日、偶然町で遼子を見かけた。「遼子、元気そうね。」と声をかけると「先輩も。わあ、なんだかなつかしい。」と明るく笑って、「先輩今、私新聞部の部長なんですよ。新聞作りの面白さにとりつかれてしまって。先輩達が築いた「生徒全員に読まれる新聞」受け継いでいますから。まあ少し変わったことと言えば、私が部長になってから男子部員が倍増したことかな。」そう言っていつものいたずらっぽい瞳をくるくるさせた。
       
                                       つづく

2005年08月21日

いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった   その5

「ひどいこと言ってしまった。残酷なことしてしまった。赤シャツさんの受験がうまくいかなかったら絶対に私のせい。試験が終わるまでは逃げ回るつもりだったのに。自分の気持ちを楽にしたくて、全部はきだしてしまった。 取り返しのつかないことしてしまった、 先輩どうしよう。」
その日の夜、遼子は不安そうな声で電話してきた。
「赤シャツさん、「今日だけ、今だけ、夏休みの君に戻ってくれないか。あの頃の明るい笑顔、もう一度見せてほしいんだ。勉強で疲れていた僕に、君は優しくしてくれた。僕から急に離れていったわけが何なのか、いまだにわからない。夏休み最後の日、僕の18回目の誕生日に「勉強頑張ってね。いつもコーラおごってくれてありがとう。」といってほっぺにキスしてくれたね。君が何も言ってくれないから、黙って見つめているしかなかったんだ。頭のなかは、いつも遼子のことでいっぱいだった。」
そう言って私の腕をつかんだから、怖くなって大きな声出して、今まで思っていたことぶちまけてしまった。でも今は後悔してるんです。」

「遼子、言ってしまったことはもうどうしようもないから、赤シャツ君の頑張りを信じようよ。遼子とつきあっているときも、うまくいかなくなって追いかけているときも、勉強は毎日7時間はしていると言っていたし、実際成績も維持していたから、今まで積み重ねてるものがあるからだいじょうぶよ。」
「遼子が言いすぎて後悔してることだけ、私から伝えておいてあげるから。」

「恋愛はどちらが悪くてどちらが良い、なんてことはないと思うよ。お互い楽しい時があったし、苦しんだこともあったんだから。赤シャツ君の受験がもしもうまくいかなくても、それは遼子だけのせいじゃないからね。前日に部室を貸した私にも責任はあるんだから。」そこまで言うと、遼子の気持ちも少しおさまったようで、「先輩、なぐさめてくれてありがとう。」と言って電話を切った。


遼子と私の心配には及ばず、赤シャツ君はやはり、見事志望校に合格した。
「良かった。けれど、やっぱり赤シャツさんらしいね。もしも彼が受験に失敗したら、私もう一度会いたいと思っていたんです、なんとなく。」合格を知らせた私に遼子はそう言った。
「もう一度会って、どうしようと思っていたの。」と聞いてみた。
「ひどいこと言ってごめんね。と謝って、「試験私のせいだね。赤シャツさんはあんなに頑張っていたのに。私、赤シャツさんが元気になるまで、そばにいるから。」と言ってあげるつもりだった。」
「でも、合格だからもう会わない。もう何も言わなくてもいいでしょ、先輩。おめでとうって、先輩から伝えて下さい。おねがいします。」すっきりした顔で遼子はそう言って帰って行った。

         
                                      つづく

2005年08月17日

いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった  その4

2月になると、3年生は自由登校ということで、私のように専門学校への進学が決まっているような何人かが登校してくるだけで、教室は静まり返っていた。
赤シャツ君は、国立1校だけを受験するらしかった。最後の追い込みの時期にもかかわらず、彼は毎日登校し、毎日1年生の遼子の教室の廊下に立ち、彼女を見ていたようだった。
「遼子、よほどひどいふりかたしたんじゃないの。これで受験に失敗したら、彼立ち直れなくなるんじゃない。嘘でもいいから今だけ優しくしてあげたら。」クラスの女の子にそう言われて、彼女もどんどん追いつめられているようだった。

「もう一度遼子と話しがしたいから、新聞部の部室を貸してほしい。」と赤シャツ君に言われたのは入試の2日前だった。遼子は「二人になるのは怖いから、先輩一緒にいてください。」と言う。それで、私は部室の前の階段のおどりばにいるからということを赤シャツ君にも了解してもらい、放課後の部室を貸すことにした。

「私に恋してるんじゃないよ。恋に恋してるだけよ。」遼子の大きな声が聞こえた。部室のドアを開けようかどうしようか迷っていると、「赤シャツさんは、いつも自分が一番大切。自分の受験勉強の息抜きに私が必要だった。悲しい顔して廊下に立ちすくんで、恋の詩を書いて、校内放送で流したりして、私の気持ちなんて考えたことないでしょ。まじめな優等生だから、今までなんでも努力してうまくいってたから、思いどうりにならない私を恨んでいた。だから校内で追っかけたりしたんでしょ。追いかける切なさをたのしんでいたんでしょ。私に恋してる自分に、恋していただけ。そして今日は受験の前日だから、なにか励ましたり、優しい言葉がほしかったんでしょ。私は自分にうそつけないし、心にもないことは言えない。あなたにも失礼だと思うから、本当のことをはっきり言うね。赤シャツさんのこと、はじめは尊敬していたけど今は大嫌い。顔も見たくない。早く卒業してほしい。あなたみたいに、思いやりのかけらもない人初めて見た。もう本当に、わたしも追いつめられているから、お願いだから何もしないで。   さよなら。」
最後は泣き叫びながら、ドアの前にいた私を押しのけて遼子は飛び出していった。
赤シャツ君は呆然と立ちすくみ、私を見ると背を向けて肩を震わせて泣いた。「苦しんでいるのは自分だけだと思っていた。」涙声でそう言い部室から出で行った。私は慰める言葉がみつからず、彼の背中に向かって、「明日のことだけ考えて、、、」と言い後が続かなかった。

二人がいなくなった部室に、飲みかけのコーラのビンが2本並んでいた。



お盆休みも終わり、お客さんも帰られ、またいつもの日常がもどってきました。
私も明日から仕事です。暑さに負けずがんばるぞ。




 
 

2005年08月14日

いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった  その3

「君の笑顔にもう一度会いたい。そのフワフワの髪に、柔らかな君のすべてに、もう一度
会いたい。どうして急に冷たくなったの。二人の楽しかった時間はいつわりだったの、、、」

お昼の校内放送で、赤面してしまいそうな詩が読まれた。何これ、もしかして、彼の詩で
は。やはり、メッセージは「1年生の君に。」遼子どんな気持ちで聞いただろうか。

「今日の校内放送には驚かされたね。赤シャツ君まだ諦めきれないんだね、遼子のこと。」
「なんだか、少し怖い感じなんです。お昼休みによく呼び出しに来てたでしょ。この頃は、
いつということもなく、私の教室の廊下にボーと立っているんです。でも私を見ても、何も
言わないで悲しそうな目で見てるんです。時々は校門の前で待っていたり、部室へ行く
渡り廊下に立っていたり。今日のように校内放送で、あんな恥ずかしい詩流したりして、、、。」

それから遼子は、校内の廊下をいつも走って通るようになった。
「遼子なにも悪いことしたわけじゃないんだから、そんなに逃げ回ることないよ。彼に
きちんともう一度話してみたら。」
「何度も電話で話したんですよ。」「赤シャツさんのこともう好きになれないんです。
校内で待ちぶせされるのも、とても迷惑なんです。もう私を追いかけるのはやめてください。」って。」
そしたら彼「君を見ていたいんだ。君に会えない日は、生きている意味がない気さえして
しまう。追いかけずにはいられないんだ。」って涙声で言うんです。
「だから逃げるしかないんです。なんだか私も、気持ちが追いつめられていて、彼の悲し
そうなまなざしが怖くて、逃げても逃げても追いかけてくるみたいで。「新聞を作ること
がなかったら、学校に行かなくていいのに。」と思ってしまうんです。」


赤シャツ君のストーカー行為もそのうち納まるだろうと考えていたけれど、なんと大学
受験の前日まで続いた。受験の前日まで彼を深く傷つけてはいけないと気遣っていた
遼子の、張りつめていた気持ちの糸が、ぷっつりと切れてしまう出来事が起きたのだった。


お盆は毎年、長男の嫁をやっています。大変だけどやるしかないですね。でもこの物語
書いている時は嫌なことも忘れられて、私1人のささやかな楽しみ。





 
 

2005年07月31日

いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった    その2

「なかなか良い感じじゃない。漫画の「チッチとサリー」みたいにさわやかよ、二人。」
少し二人のことがうらやましくなって、遼子に話かけると
「この前の日曜日、二人でスケートに行ったんです。そのとき、ちょっとがっかりすること
があって、赤シャツさんのこといやになりそうなんです。」
「日本史とか、日本文学にはすごく詳しくて、勉強もいろいろ教えてもらったけれど、
スケートに行ったとき彼転んで、私にぶつかったんです。そのときスケートシューズの
刃のところが私の足にあたったの。けっこう痛かったけど、苦笑いしてたんだけど、
ごめんとか、大丈夫、とか何にも言わないんです。私の足にぶつかったこと、絶対わかったはずなのに。あとであざになっていたんだから。」
「私、大人からはよく思われていない不良っぽい人とばかり付き合ってるみたいだけど、
ごめん、とか、ありがとうとかそんなあたりまえのことが言えない人はいなかった。」
「いやになると、全部がイヤに思えてきて。全国摸試で社会科が3番だったと言って私に
結果を見せにきたことも、うちの母の前ですごく丁寧にあいさつすることも、1年生の私の
教室に休み時間に呼び出しに来ることも、どこに行っても、いつの間にか私がリード
しないとなにもできないことも。」
遼子の周りにはいない、まじめな努力家な彼を少しの憧れと、尊敬する気持ちがあっただけ に、裏切られたような気持ちだったのかもしれない。
 
「勉強ばかりしてきた人だから、女の子との遊び方を知らないだけよ。スケートのときも、
転んだ自分が恥ずかしくて、遼子のこと気遣う余裕がなかっただけよ。許してあげなさい  よ。」
「私はいいと思うけどな、赤シャツ君。」と言うと、
「そんなに良かったら、先輩付き合えばいいじゃないですか。」ときりかえされてしまっ
た。
その後遼子のほうから、「もう二人だけのお付き合いは辞めよう。」ということを告げたらしかった。しかし、そのことに納得いかなかった「赤シャツ君」は、校内ストーカーのような行動に出てきたのだった。

                                 つづく


私たちが思っていたよりも、はるかにプライドの高かった「赤シャツ君」、そしていよいよ
大学受験も近づいてきたのです。さらに物語りは続きます。
 

2005年07月30日

いつもチンチンに冷えたコーラがそこにあった

 自販機からゴトリと出てくる瓶入りのコーラ、学生の頃は毎日部室で飲んでた。
放課後の新聞部の部室、ガリ版で印刷することもあったから、インクのにおいがしてた。
「赤シャツ君」は3年生で、ときどき部室に遊びに来た。
いつも詰襟の学生服の下に、赤いTシャツを着ていた「赤シャツ君」
3年生の進学組の中でもトップクラスの彼にとっては、息抜きの場所だったのかな。
私たちの話を黙って聞いていて、ときどき新聞の構成を手伝ってくれた。
文系の彼は、国語辞典みたいに多くの言葉と漢字を知っていて、先生のように
赤ペンで誤字を訂正したりしてくれた。

2学期になると、「赤シャツ君」と1年生の新聞部員の遼子の姿を放課後の渡り廊下で
よく見かけるようになった。見た目はともかく、がり勉で硬派の彼と、男の子との噂の
絶えない、小悪魔みたいな遼子は不釣合いな感じがした。
「先輩、聞いてくれます。私、体育祭の応援団やらされて、夏休みに毎日練習しに登校
してたんです。赤シャツ先輩は受験勉強しに来てて、ときどき一緒に帰るようになって、
よくコーラおごってもらったりしたんです。」
「へー、そうだったのか。前から遼子のこと気になっていたんでしょ彼。」
「遼子、今まで不良っぽい陰のある人ばかり好きになっていたから、赤シャツ君みたい
な頭良い努力家と仲良くなれば、少しは普通の女の子になれるかもよ。」
私には、屈託なく何でも話してくれる彼女に、つい本当のことを言いすぎてしまう。
遼子はいたずらっぽい大きな瞳をクルクル動かしながら続けた。
「先輩に謝らなくちゃいけないことがあるんです。赤シャツさんと私、夏休みにときどき
部室使ってました。勝手なことしてすいません。学校に来ると部室が一番落ち着くから。
部活動以外で使ってはいけないって知ってはいたのですが。」
「でもいろいろお話ししてただけですから。生徒会の役員の人達も時々来て、皆でコーラ
飲んで体育祭のプログラムの内容とか、話してました。」


  長続きするはずないと、回りからは思われていた二人だったけれど、いつの間にか
遼子は少しおとなしくなり、勉強も人並みにするようになった。そして「赤シャツ君」は赤 シャツばかり着なくなり、髪も少しのばし、部室にきて皆とよくしゃべるようになった。


                                  つづく


 チンチンに、、、という表現はどこかの方言なのだそうです。この言い方がとても気に入っています。赤シャツ君と遼子の物語また続きます。